こんにちは。
くろまめです。
年長さんの娘と家族でよく討論になります
理由は娘が得てきた知識から質問を繰り出し、持論を展開し始めるからですね。
これが政治的な事だったりすると本当に大激論になります^^;。
我が家だけでしょうか?。
学ぶことが好きな私達家族
勉強というくくりでは無いのかもしれません。
新しく得た知識から、考えて知恵にし、それを行動にして、結果を見て、それを更に分析して修正し再度行動にするというその一連の動きが本当に私は好き!。
何度もエラーを出しつつ、エラーアナリティクスから正答に近いものを得るこの快感!。
たまりませんな~(笑)。
いわゆるPDCAサイクルなのかもしれませんが、小3位からこういう感じです。
ただ物知りじゃ意味ないですもんね。
世の中をより良く!とまでは言いませんが、身の回りを暮らしよくして行くのって工夫とかその事前段階の下調べの知識とかが要りますよね。
何故勉強するのか、学ばなくてはならないのか、何を学ぶべきなのか?
こう言う「問い」ってそれぞれの人にそれぞれの解があってどれが正解っていうのは無いけど小学校に上がる前に必須の問いだと私は思っています。
特に。
国公立の小学校さんに通う子には必須科目と言っても過言では無いです。
そう思うのは公教育を受けられるという事の有難みをきちんと子供達に理解してほしいからです。
タダで勉強できていると思っている子供ってダメダメじゃないですか・・。
勿論税金が・・という話ではなくて。
こういった今日本人が当たり前に享受している社会の保障ですけど昔々からの人達が守り発展させてきたものも多いのです。
日本人に生まれて、この社会の一員である自分が何を期待されて何をなすべきかという事を考えられるように大人は促すべきだと思っています。
大人になるまでに時間はそれなりにありますから、幼い頃から
「どうして自分が在るのか」を考えて
「どう生きて行くのか」を学び選び取らせることが大事だと思っています。
それなくして、大人が子供に
「将来の夢」を語らせてその地点まで線を引いて最短ルートを示してやるというやり方は私から見たらあまりよろしくない事のように思えます。
親からしたらとても心配でそういう事したくなって当然で。
私もわかるんです。
でも一番大事なのは「自分は誰なのか」という問いを子供達がしっかりと持って考え続けていく事だと思うんです。
人間の核、日本人としての矜持を持って子供達には生きて行って欲しいと望むくろまめです。
義務教育をほとんど受けそこなった身の私です。
学校に通える事の意味を考えてほしいかなと思います。